東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)67号 判決 1984年8月10日
東京都大島町波浮港一六番地
原告
金川一雄
右訴訟代理人弁護士
鶴見祐策
同
石川憲彦
東京都港区芝五丁目八番一号
被告
芝税務署長
田川清八郎
右指定代理人
窪田守雄
同
屋敷一雄
同
榊原万佐夫
同
山本高志
同
前崎善朗
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五二年三月八日付で原告に対してした昭和四八年分以後の所得税の青色申告書提出承認取消処分を取り消す。
2 被告が昭和五二年三月八日付でした原告の昭和四八年分、昭和四九年分所得税の各更正及び昭和四八年分所得税に係る過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
3 被告が昭和五二年三月一八日付でした原告の昭和五〇年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
4 被告が昭和五二年七月八日付でした原告の昭和四九年分所得税に係る無申告加算税賦課決定(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、食料品等の小売及びくさやの製造販売を業とし、被告から青色申告書提出承認を受けていた者である。
(二) 原告の昭和四八年分ないし昭和五〇年分(以下「本件係争各年分」という。)所得税の各確定申告、これらに対し被告がした昭和四八年分以後の青色申告の承認取消処分(以下「本件青色承認取消処分」という。)、同年分から昭和五〇年分までの所得税の各更正(以下「本件各更正」という。)、昭和四八年分及び昭和五〇年分所得税の過少申告加算税の各賦課決定ないし変更決定、昭和四九年分所得税の無申告加算税賦課決定(以上の過少申告加算税及び無申告加算税の各賦課決定を以下「本件各決定」という。)、原告のした異議申立て及び審査請求並びにこれらに対する異議決定並びに審査裁決の経緯は、別表一1ないし4記載のとおりである。
2 しかしながら、本件青色承認取消処分、本件各更正及び本件各決定(ただし、いずれも審査裁決により一部取り消された後のもの。以下同じ。これらを総称して以下「本件各処分」という。)は以下に述べるとおり違法である。
(一) 本件青色承認取消処分は被告所部係官のした税務調査と帳簿書類の求めに対して原告が応じなかつたとしてされたものであるが、右税務調査は次のとおり違法不当なもので原告には応諾義務がなかつたから、右処分は違法である。
(1) 税務職員が所得税法(以下単に「法」という。)二三四条一項に基づき税務調査を行うためには、当該納税者の所得につき調査を必要とする理由があり、同項による質問検査によるべき客観的必要性が備わつていなければならないところ、被告所部係官が本件各処分をなすについて原告に対してした税務調査(以下「本件調査」という。)は、原告について調査をすべき客観的理由や質問検査をなすべき客観的必要性が何らないのになされたものであるから、違法である。
(2) 質問検査権の行使については、客観的必要性との衡量において手段の社会的相当性が要請されるところ、本件調査は、右の要件を著しく欠くものであつた。すなわち<1>被告所部係官は原告方に前後六回にわたり臨場して調査したとするが前日に会うという約束ができていたのは第六回のみで、その他は事前の通知を欠くか、又は原告の都合の悪い時刻にことさら臨場したのである。税務調査にあたつては事前通知を履践することが部内でも実施要領として指示されているところであるが、原告についてのみ、かかる異常な方法をとつたことの不当性は明白である。<2>青色申告者に対し、課税庁の職員が更正のための調査を行う場合には、申告者から求められる限り理由を告知してその協力を得るよう務めるのが当該職員の責務というべきところ、本件調査における質問検査権の行使は、原告の要求にもかかわらず調査理由や具体的必要性の告知をせずにされたものであるから違法であり、質問検査の手段の相当性をも失わしめるものといわねばならない。<3>本件調査における質問検査はほとんど五、六分という短時間で、しかも問題点に適合した的確な質問がされなかつたのであるから、調査が進展しなかつたとすれば、その原因は被告の側にある。<4>被告所部係官は、原告がくさや製造の作業中か、配達中で最も多忙の時点に臨場しているが、原告は生魚を扱うため限られた時間に全部の魚をさき、塩水につけ、干すという一貫作業に没頭せざるを得ないから、右係官の調査に応じていたのでは重大な損失を招く。これと調査の必要性とを比較すると原告の私的利益の侵害が大であることは明らかであるから、本件調査は質問検査権の限界を超えている。<5>原告は昭和五二年二月二四日の被告所部係官の臨場に応対しているが、右係官は原告が問答を録音しようとしたのを口実に実質的調査に入らず辞去した。係官に原告側で正確な記録をとるのを拒む理由はなくこれを阻止する権限もないからかかる処置は相当性を欠くものである。
(二) 仮に原告において被告所部係官に対し帳簿書類を提示しなかつたとしても、その行為は法一五〇条一項一号に定める事由のいずれにも該当しないから、これに該当するとしてした本件青色申告承認取消処分は違法である。すなわち青色申告制度は、納税義務者において信頼性のある記帳に基づき所得額を算出して納税申告をすることに対し、各種の課税上の利益を保障するものであり、他方青色申告承認取消処分は、右のような制度の趣旨に反する特定の納税義務者に対し、認められた各種の利益を喪失せしめるものであるから、その権利義務に重大な影響を及ぼす不利益処分である。したがつて右取消処分は税務署長の裁量にまかされてよいものではなく、取消事由が法定されているのであつて、これは租税法律主義の要請(憲法八四条)に基づくものであるから、法一五〇条一項一号の解釈もこの憲法の原則に適合するように厳格にされなければならない。しかるに被告は、法一四八条一項で定める帳簿書類の備付け、記録及び保存がなされている場合であつても、国税調査官の調査に対して帳簿書類を提示しなかつた場合は法一五〇条一項一号が適用されるものとしているが、これは同号の解釈を誤り、同号の規定を類推解釈するものであり、租税法律主義の原則に反するから許されないというべきである。
(三) 本件青色承認取消処分の処分通知書には処分の基因となつた事実の特定がなされていないから法一五〇条二項に反し、右処分は違法である。
そもそも同条一項一号にいう帳簿書類の「備付け」、「記録」又は「保存」はそれぞれ性質が異なり、根拠条文も異にする別個の義務であるから、青色申告承認取消処分の理由付記は、「備付け」「記録」又は「保存」のそれぞれを特定してその内容を具体的に記載し、かつ、大蔵省令(施行規則)五六条以下の定める義務のどの条項に違反するかを事実と該当条項を特定して記載すべきところ、本件通知書には原告のいかなる行為が「備付け」「記録」又は「保存」のいずれに違反するのか、また大蔵省令(施行規則)五六条以下の義務のどの条項に違反するのか具体的に判別が可能な程度の事実は何ら示されておらず、この点において理由付記に不備があり違法といわねばならない。
(四)(1) 原告は青色申告者であるから、推計による課税は許されないところ、右のとおり本件青色承認取消処分が違法である以上、本件推計による本件各更正も違法として取消しを免れない。
(2) 仮に本件青色承認取消処分が違法でないとしても、本件各更正は推計によりなされているところ、被告において適法な調査を尽したならば、実額による課税が可能であつたのであるから、本件各更正は推計の必要性を欠き違法である。
(3) 本件各更正には、原告の所得を過大に認定した違法がある。
(五) 本件各更正は、右のとおり取り消されるべきであるから、これを前提とする過少申告加算税の賦課決定処分も取り消されるべきである。また被告は、昭和四九年所得税の更正に対し原告が異議申立てをした後、無申告加算税の賦課決定処分を行つているが、更正処分を受けた納税者の不服申立てによつて争訟手続が進行中に原処分庁が当該納税者に対し不利益な処分を行うことは許されるべきではないから、無申告加算税賦課決定処分は違法であり取り消されるべきである。
3 よつて本件各処分はいずれも違法であるから、その取り消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の各事実はいずれも認める。
2 同2の(一)ないし(五)はいずれも争う。
3 同3は争う。
三 被告の主張
1 本件調査の適法性について
(一) 調査の必要性について
法二三条一項に定める「調査について必要があるとき」とは、課税庁において当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合を指し、確定申告後に行われる所得税に関する調査(いわゆる事後調査)については、適正、公平な課税目的の実現という質問検査制度の目的からみて、確定申告に係る課税標準等又は税額等が過少である等の疑いが認められる場合に限られず、右申告の適否すなわち申告の真実性、正確性を調査するために必要がある場合も、右の「調査について必要があるとき」に含まれるのである。これを本件についてみるに、被告は原告の昭和四八年分ないし昭和五〇年分の所得税の確定申告書(青色申告用)及びこれらに添付の所得税青色申告決算書(以下「決算書」という。)を検討したところ、<1>昭和四九年分の決算書の期首商品たな卸高欄の金額が一〇〇万円とあるのに対し、昭和四八年分の決算書の期末商品たな卸高欄の金額は九二万八六〇〇円となつており、その間にくい違いがあること、<2>昭和四八年分ないし昭和五〇年分の各決算書の資産負債調(貸借対照表)欄に何らの記載がないこと、<3>昭和四八年分の決算書の減価償却費の計算欄に、昭和四八年七月に冷蔵庫(三八〇万円)、及び(三五〇万円)という高額資産を取得した旨の記載があること等が判明し、かつ<4>長期にわたつて調査を行つていないことを合わせ考慮し、原告を調査対象としたのであるから、原告の本件係争各年分の所得金額について調査の必要性が存したことは明らかである。
(二) 調査の相当性について
そもそも税務調査における質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつこれと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねられているものであつて、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的具体的な告知も質問検査を行ううえでの法律上の要件とされているものではないから、仮に事前通知を欠き調査の具体的理由及び必要性を告知しなかつたからといつて右調査が違法となるものではない。まして、本件調査において以下述べるとおり被告所部係官は原告の店舗又は作業場に臨場し、原告に対し所得税の調査である旨告げ、原告の作業も考慮して翌日までに帳簿書類等をそろえて協力して欲しい旨要請しており、被告所部係官は社会通念上相当な手段によつて調査を行つたのであるから、適法な税務調査であることが明らかである。すなわち、<1>被告所部係官川津正(以下「川津係官」という。)は、調査のため、昭和五一年六月二四日午後零時三〇分ころ、被告所部山室清係官(以下「山室係官」という。)を同行して原告の店舗に臨場したところ、原告は店舗の裏の作業場(工場)においてくさやの製造作業を行つていた。そこで右係官らは原告に対し身分証明書を提示して所得税の調査に来た旨を伝え、調査に対する協力方を要請したが、原告は、「今、忙しいから明日来てくれ。」「何のために調査をするんだ。申告と納税はもう三月一五日に終わつたんだ。」、「調査は民商事務局員の立会いがなかつたら応じないよ。」などと申し立てるのみで、右係官らの再三にわたる調査協力要請及び帳簿書類の提出要請に全く耳を貸そうとしなかつた。そこで右係官らは原告の右態度からみて当日の調査はそれ以上進展しないと判断し、やむなく調査を断念して同日午後零時五〇分ころ、原告方を辞去した。その際右係官らは次回の調査日について原告の都合を尋ねたところ、原告は「明日の午後零時三〇分ころなら都合が良い。」と応えたので翌日の午後零時三〇分に再度臨場することを約するとともに、本件係争各年分に係る帳簿書類を取りそろえておくよう依頼したところ、原告もこれを了承した。<2>翌二五日、右係官らは約束どおり原告方に臨場する準備をしていたところ、同日午前七時四〇分ころ原告から宿泊所に待機中の右係官らに対し、「今日午後零時三〇分ころは都合が悪いので午後四時三〇分ころにしてほしい。」との電話連絡があつたので原告に対し、「午後四時三〇分ころでは時間的に調査を行うのが不可能であるから約束どおり午後零時三〇分ころに臨場したいので、帳簿だけでも見られる状態にしておいてほしい。」と伝えたところ、原告は何らそれには答えようとせず、前日同様調査理由の開示及び民主商工会の会員やその事務局員らの立会いを要求するだけで、都合が悪くなつた理由さえ言おうとしなかつた。そこで右係官らは原告に対し、本件調査を早期に終了させたい旨を述べ、本日の調査を予定どおり行いたい、ついては帳簿書類だけでも取りそろえておいてほしい旨、繰り返し要請したところ、原告は当初これを強く拒絶していたが、右係官らのたび重なる要請に、最後にはこれを了承した。そこで、川津係官ほか一名は、右約束に従つて同日午後零時二〇分ころ原告の店舗に臨場したところ、原告は不在で、原告の長男である金川哲生が裏の作業場で仕事に従事していた。右係官らは同人に対し、前日の約束どおり原告の所得税の調査に臨場した旨を伝え帳簿書類の提出方を要請したところ、同人は、「父は泉津や岡田に配達に行き午後四時ころにならないと帰つて来ない。」「帳簿書類は父が全部やつているので自分はわからない。」などと申し立てるのみで、一向に右係官らの要請に答えようとはしなかつたため、右係官らは、やむを得ず原告方を辞去した。<3>被告所部鈴木誠二係官(以下「鈴木係官」という。)は、同年九月七日午前一〇時ころ原告に本件調査についての電話連絡を行い、原告の了承を得たうえで、同日午前一一時二〇分ころ被告所部平津甲二係官(以下「平津係官」という。)を同行して原告方店舗に臨場したところ、そこには原告のほかに大島民主商工会(以下「大島民商」という。)事務局長金城広章(以下「金城事務局長」という。)が待機していた。右係官らは原告に対し、第三者の立会いを断り、帳簿書類を提示して調査に応じるよう求めたが、原告は、「帳簿を見てもらつたり、いろいろ教えてもらつているので一緒にいてもらうよ。」とこれを拒否し、更に「見せないとは言わないが、どこが間違つているのか言つてくれ。」、「正しく申告しているから見ることはないだろう。」、「帳簿はあるけど見せられない。」などと言い、調査に応じようとする様子は全く見えなかつた。そこで鈴木係官は「それでは反面調査をするしか方法がなくなりますが、いいですね。」と述べると、原告は荒々しく「何でもやつたらいいだろう。もうやつてるくせに。」と言つて、右係官らを相手にしようとはしなかつた。そこで右係官らは、やむを得ず原告方を辞去した。<4>翌八日午前一一時ころ右係官らが原告方を訪れると、原告は作業場でくさやの製造作業に従事していた。右係官らは原告に対し、重ねて本件調査に協力及び帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに取り合おうとはしなかつた。右係官らは仕方なく「概況だけでもいいから教えて下さい。仕入先はどことどこですか。」と尋ねると、原告は「そつちでもう調べてあるんだろう。教える訳にはいかないよ。」と答えただけで、その後は固く口を閉ざしていた。右係官らはそのまま原告の作業を見つめていたが、しばらくして「なかなか良い鯵ですね。」と切りだすと、原告も態度が和らぎ「仕入れは伊東の阿部商店と沼津の三兼と内野だ。」と答えた。鈴木係官が、「もう少し詳しく教えて下さい。」と言うと「内野は雑貨。もうこれ以上は駄目。これだけ教えればもういいだろう。」と言つたきり黙り込んでまた作業に専念してしまつた。そこで右係官らはこれ以上の調査の進展を望むのは無理と判断して、午後零時ころ原告方を辞去した。<5>昭和五二年二月二三日午後一時三〇分ころ、鈴木、山室及び平津の各係官が原告方に臨場したところ、原告は作業場で魚の水洗い作業をしていた。鈴木係官は原告に対し、昨年に引き続き調査をしたいので協力してほしい旨の要請を行つたところ、原告は、「今日は忙しくて調査を受ける訳にはいかない。」と申し述べた。そこで、右係官は「東京から来ているので、できれば調査に応じてもらいたい。」と重ねて要請したが、原告は「とにかく今日は駄目だ。明日の午後三時ころには終わるだろうから、そのあと旅館の方にでも連絡する。」と答えた。同係官は「帳簿の用意はしていただけますか。」と尋ねたが、原告から帳簿は民商事務局に置いてあるとの返答があつたため、原告に明日来るので帳簿を取り寄せておくよう依頼して原告方を辞去した。<6>翌二四日午後二時三〇分ころ、右係官らが原告方に臨場したところ、原告から居宅の居間に通された。同所には金城事務局長ほか民商会員二名が座つて待機しており、金城事務局長はテープレコーダーを持参していた。鈴木係官が原告に対し、「何度も話しているように、第三者がいると取引上の秘密が守れないので、すぐこの人達を帰らせて下さい。」と言うと、原告は、「私のような魚屋は法律をしらないので金城君に来てもらつたのだ。いてもらつてはいけないのか。」と声を荒げた。この間、金城事務局長がテープレコーダーをセットして録音を始めたので、同係官が制止したが、金城事務局長はそのまま録音をやめようとはしなかつた。更に原告は、「テープは後でどんな話をしたか聞くために記録しておくのだ。立会いを認めないという法律でもあるのか。憲法でも立会いは認めているではないか。」、「あんた方は専門家であり、私は魚屋で法律のことはしらない。あんた方が三人では到底かなわない。」と申し立てた。そこで鈴木係官が「三人がいやなら二人を帰らせるから、そちらも帰らせなさい。」と言うと、原告は「金城君どう思う。」と金城事務局長に問いかけた。金城事務局長が「金川さん次第だけど。」と答えると、原告はやや当惑げに「私は法律のことはよくわからないのでやはりいてもらはなくては困る。」と申し述べ、これに応じなかつた。以上のやりとりのほか、原告らはそれぞれに調査理由の開示を要求するなどして一向に本件調査に協力しようとする気配がうかがわれなかつたため、鈴木係官は「申告の内容を調査検査したいのですが、このままの状態では調査に入れないので取引先などの調査をすることになりますよ。」と述べ、更に「明日、もう一日こちらにいるので気持が変わつて調査を受けるということになつたら連絡してほしい。」と申し述べて、午後三時四〇分ころ原告方を辞去した。しかしながら、翌日になつても原告からは何の連絡もなかつたのである。
2 青色申告承認の取消事由について
被告は、原告が、本件原処分調査時において、被告所部係官の再三にわたる帳簿書類の提示要請にもかかわらず、これを提示しなかつたことから、右帳簿書類の不提示が法一五〇条一項一号に規定する青色申告の承認取消事由に該当すると判断したものであつて、右判断には何らの違法もない。すなわち、青色申告制度は、申告の基礎となつた納税者の正しい帳簿書類の備付け、記録、保存、申告とこれに対する課税庁の信頼が根幹となつており、法二三四条に定める調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができなかつたときには右の信頼は失われるから、青色申告の承認による特典を与えることはできないこととなる。したがつて青色申告者が右帳簿書類の調査にいわれなく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないことは、法一五〇条一項一号に定める青色申告の承認の取消事由に該当するものというべきである。そもそも納税者の調査拒否により当該帳簿書類の存否又はその正確性を確認することができない場合にまで税務署長において右納税者に対し青色申告の承認による特典の亨受を認めなければならないとすることは、制度の本旨に反するものであるし、また青色申告者については帳簿書類の調査に基づく場合に限つて更正することができ推計課税が禁止されているのであるから、青色申告者が帳簿書類の調査を拒否する限り右の者の更正をすることができないことになり、適正な課税が妨げられる結果となるが、このことは法が右調査の拒否を理由に青色申告の承認を取り消したうえで白色申告者として推計による更正をなし得ることを当然に予定しているものというべきである。
3 処分通知書の理由付記について
被告は、本件青色承認取消処分の処分通知書にその基因となつた事実として本件原処分時における被告所部係官の調査の経緯を記載し、かつ右事実が法一五〇条一項一号に該当する旨を付記した。そもそも青色申告承認取消処分の通知書には取消しの基因となつた事実と当該事実が法一五〇条一項各号のいずれに該当するかを付記すれば足りるものであつて、それ以上に右事実がないゆえに右各号に該当するものであるかについて税務署長の判断根拠を示すことまでは要求されていないから、本件処分通知書に理由付記不備の違法は存しない。
4 課税根拠について
(一) 原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、昭和四八年分三九四万三三六九円、昭和四九年分四七四万八八三八円、昭和五〇年分四五九万四六八〇円であり、その算定根拠は、別表二1ないし3記載のとおりである(なお原告の別表二1ないし3の各<2>の各食料品・雑貨分についての自白の撤回には異議がある。)。
(二)(1) 本件係争各年分のくさや材料の仕入金額は、昭和四八年分が五三五万一八一五円、昭和四九年分が五四五万九二九五円、昭和五〇年分が六一二万一四三七円であつてその内訳は別表三、五及び七のとおりであり、右各年分の食料品・雑貨の仕入金額は、昭和四八年分が一五三七万六五七五円、昭和四九年分が三〇五五万八五四四円、昭和五〇年分が三〇六五万二一二九円であつて、その内訳は別表四、六及び八記載のとおりである。
(2) くさや及び食料品・雑貨の期首、期末商品たな卸金額は次のとおりである。
(昭和四八年くさや分)
期首たな卸金額 二二万八一五〇円
期末たな卸金額 二五万八一〇〇円
(昭和四八年食料品・雑貨分)
期首たな卸金額 六五万五八一〇円
期末たな卸金額 七四万一九〇〇円
(昭和四九年くさや分)
期首たな卸金額 二五万八一〇〇円
期末たな卸金額 三〇万三〇〇〇円
(昭和四九年食料品・雑貨分)
期首たな卸金額 七四万一九〇〇円
期末たな卸金額 一六九万七〇〇〇円
(昭和五〇年くさや分)
期首たな卸金額 三〇万三〇〇〇円
期末たな卸金額 四二万九六四四円
(昭和五〇年食料品・雑貨分)
期首たな卸金額 一六九万七〇〇〇円
期末たな卸金額 二一五万二三五六円
(3) くさや及び食料品・雑貨のそれぞれにつき各年分の前記期首商品たな卸金額に当該年分の仕入金額を加え、当該年分の期末商品たな卸金額を差し引いて算出される本件係争各年分におけるくさや及び食料品・雑貨の売上原価の額は別表二1ないし3の各<2>記載のとおりである。
(三) 原告の本件係争各年分の売上金額及び一般経費の額は、推計の方法で算出したものであるが、右推計の必要性と合理性は次のとおりである。
(1) 推計の必要性
被告が本件係争各年分の所得金額を推計の方法によつて算出したのは、被告所部係官の原告に対する再三の調査協力方及び帳簿書類の提出方の要請にもかかわらず、原告は前記のとおり仕入先の一部しか告知しない等終始調査に非協力であつたので、原告の所得金額を実額で把握することができなかつたためである。
(2) 推計の合理性
推計の方法としては、原告の販売品目をくさやとそれ以外の食料品・雑貨とに分類し、それぞれにつき同業者比率法を採用した。すなわち、くさやの売上金額については前記売上原価を基にして原告の事業所が所在した芝税務署管内で専らくさやの製造販売を営む個人事業者で、本件係争各年分の所得税の青色申告をした者のうち売上原価の額が原告のそれの半分以上二倍以下(以下「倍半基準」という。昭和四八年分については二六六万〇九三二円以上一〇六四万三七三〇円以下、昭和四九年分については二七〇万七一九七円以上一〇八二万八七九〇円以下、昭和五〇年分については二九九万七三九六円以上一一九八万九五八六円以下)の範囲内である同業者を抽出し、平均差益率を別表九1ないし3のとおり算出して(昭和四八年分四三・三六パーセント、昭和四九年分四四・五九パーセント及び昭和五〇年分四五・六八パーセント)これを既に算出ずみの原告の対応する年分のくさや分売上原価に適用し(売上原価÷(一-平均差益率))、別表二1ないし3の各<1>中内訳くさや分のとおり算出した。
食料品・雑貨の売上金額については、前記売上原価を基にして東京都大島町で食料品・雑貨の販売業を営む個人事業者で本件係争各年分の所得税の青色申告をした者のうち売上原価の額が右同様倍半基準に当たる(昭和四八年分については七六四万五二四二円以上三〇五八万〇九七〇円以下、昭和四九年分については一四八〇万一七二二円以上五九二〇万六八八八円以下、昭和五〇年分については一五〇九万八三八六円以上六〇三九万三五四六円以下)範囲内で同業者を抽出し、平均差益率を別表一〇1ないし3のとおり算出して(昭和四八年分二四・二八パーセント、昭和四九年分二一・四八パーセント、昭和五〇年分一九・八五パーセント)これを既に算出ずみの原告の対応する年分の食料品・雑貨分の売上原価に適用し、(売上原価÷(一-平均差益率))、別表二1ないし3の各<1>中内訳食料品・雑貨分のとおり算出した。
一般経費については、前記抽出した同業者の一般経費率の平均値をくさや及び食料品・雑貨につきそれぞれ別表九1ないし3及び別表一〇1ないし3のとおり算出し、(くさやについて昭和四八年分一五・六七パーセント、昭和四九年分一七・七一パーセント、昭和五〇年分一七・九〇パーセント、食料品・雑貨について昭和四八年分九・二七パーセント、昭和四九年分八・八九パーセント、昭和五〇年分八・一七パーセント)、これを本件係争各年分の原告のくさや及び食料品・雑貨のそれぞれの売上金額に適用して(売上金額×平均経費率)別表二1ないし3の各<2>のとおり算出したものである。
以上のおり、被告が原告の本件係争各年分の売上金額及び一般経費の額を推計するに際し、抽出の基準とした同業者は、業種、事業場所、営業形態、売上原価の額において原告の営業と類似性を有し、しかもその申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であり、被告の抽出基準には合理性があるというべきである。そして被告所部係官は、右抽出基準に該当する同業者全員を抽出し、右同業者の平均差益率及び一般経費率を算出しており、その抽出には恣意の介在する余地がなくまた比準同業者の数も適正であつて、差益率及び一般経費率の平均値は、個々の業者の個別的具体的事情を捨象して客観性、普遍性を示しているから、右同業者率による推計は合理性がある。したがって、原告と右同業者との間の個別的、具体的事情のすべてにつき類似性が明らかになつていなくても、右同業者の差益率、一般経費率の平均値を採用することは許されるものというべきである。他方原告が指摘する点のすべてにわたり原告と類似性を有する同業者を求めることは極めて困難であるばかりか、たとえ求め得たとしてもごく限られた数となり、これを基礎とする推計はかえつて普遍性を欠くことになる。
(四) 必要経費のうち昭和四八年分雇人費四八万円は原告の申告に係る雇人費の額八四万円から事業専従者である長男哲生に対する給料三六万円を控除した金額である。各年分の事業専従者控除額は、それぞれ原告の妻美代及び右哲生に係るものである。
5 本件各更正及び本件各決定の適法性
原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記のとおり昭和四八年分三九四万三三六九円、昭和四九年分四七四万八八三八円、昭和五〇年分四五九万四六八〇円となり、本件各更正は、いずれも右金額の範囲内でなされたものであるから適法であり、これを前提としてされた本件各決定(計算過程は別表一一1ないし3記載のとおり。)も適法である。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1の事実について
(一)のうち、原告を調査対象とした理由は否認し、その余は争う。
(二)の冒頭の主張は争う。<1>のうち、被告主張の日時に被告所部係官二名が臨場したことは認めるが、その余は否認する。当日原告は営業で多忙をきわめており、係官らは何ら事前の通告なく臨場したものであるから、調査に応じられないのは当然である。また原告が「どういう必要があつて調査に来たのですか。」と問うたのに対して、右係官らは全く耳を貸そうとしなかつた。しかも右係官らは既に原告に何の断りもなしに、金融機関に資料提出を求めていたのである。同<2>のうち、被告主張の日時に係官二名が臨場したことは認めるが、その余は否認する。当日原告は、岡田、泉津方面に急いで配達しなければならない用事ができたので、早朝電話で「午後四時以降にしてほしい。」旨連絡した。やむを得ない事情で右時刻を申し出たのであつて、調査を拒否したものではない。同<3>のうち、被告主張の日時に、係官二名が臨場したことは認めるが、その余は否認する。当日係官は、その場に金城事務局長が居合わせていたのを見とがめ、退去を求めたので、原告が「依頼して来てもらつたのだから是非立ち会わせてほしい。」と述べると、「それでは反面調査をさせてもらう。」といい放つて立ち去つたものにすぎない。同<4>のうち、被告主張の日時に係官らが臨場したことは認めるが、その余は否認する。原告は当日仕事中であつたが、調査理由を明らかにしてくれれば帳簿は見せる旨何度を申し出たが、係官らの方が何も答えず、取り合おうとしなかつたのである。同<5>のうち、被告主張の日時に係官三名が臨場したことは認めるが、その余は否認する。この日も突然の来訪であつて、仕事中であつた原告が、別の日にしてほしいと述べると、係官らは調査に入らず立ち去ったものである。同<6>のうち、被告主張の日時に係官三名が臨場したことは認めるが、その余は否認する。当日係官三名が強引に店内に入つて来た。原告が応対したが、被告係官の一名が調査の経緯を記録するので、原告側でも正確を期するためテープレコーダーを用意したところ、係官らはこれを見とがめ、やめさせようとした。原告がその必要性を説いたが、係官らはがんとして応ぜず、「それでは調査しない。」と言つて立ち去つたものである。
2 同2の事実中、原告が被告係官の帳簿書類提出要請に応じなかつたとの点は否認する。その余は争う。原告には調査理由の開示を求める必要があり、これを要求したところ被告係官がこれを拒み、調査を行わなかつたにすぎない。
3 同3は争う。
4 同4の事実について
(一)の本件係争各年分の所得金額はいずれも否認する。別表二1のうち<1>ないし<4>は否認する(<2>の食料品・雑貨分については当初認めたがそれは事実に反し錯誤に出たものであるから、これを撤回し、否認する。)。<5>のうち利子割引料及び建物減価償却費が被告主張の金額であることは認める。雇人費は否認する。原告の長男金川哲生に対する支払給与三六万円も右雇人費に含めるべきである。ただし同人分を除いた雇人に対する給料が四八万円であることは認める。同<6>は争う。別表二2のうち<2>内訳くさや分売上原価が被告主張の金額であること、<5>及び<6>は認めるが、その余は否認する(<2>の食料品・雑貨分については当初認めたがそれは事実に反し錯誤に出たものであるから撤回し、否認する。)。別表二3のうち<5>及び<6>は認めるが、その余は否認する(<2>の食料品・雑貨分については当初認めたがそれは事実に反し錯誤に出たものであるから撤回し、否認する。)。
(二)(1)のうち昭和四九年分くさや材料の仕入金額が被告主張の金額であることは認めるが、その余は否認する。別表三、四、七及び八のうち各<2>有限会社三兼商店分は否認する。同商店分は原告ほか四名の共同仕入分ある。同商店と縁故があつたのは原告のみであるため、取引の外形上原告の仕入れとして記載されたにすぎないもので、右のうち、原告の仕入金額は昭和四八年くさや分二四六万九二四二円、食料品・雑貨分三五五万二七二七円、昭和五〇年くさや分一九三万〇〇六九円、食料品・雑貨分四七〇万〇六二六円である。別表三のその余の部分は認める。別表四の<9>は否認する。伊東武美との取引はポリ容器等についてのもので商品の仕入れではない。別表四の<12>は否認する。三三〇万九八八〇円にすぎない。別表四のその余の部分は認める。別表五は認める。別表六のうち、<10>、<23>及び<24>は否認する。これらは原告名義での取引が存したが、実費は原告の営業と関係がなく名義貸しである。<14>は否認する。伊東武美との取引はポリ容器等についてのもので商品の仕入れではない。その余は認める。別表七のうち<5>は否認する。これは鈴木幸一の計算で行われたもので、原告の営業上の取引ではない。その余は認める。別表八のうち<10>、<17>は否認する。これは原告が知人に名前を貸して取引したもので、実費は原告の営業取引ではない。<15>は否認する。同商店との取引は存するが、くさや加工に使用する塩の取引であり、消耗品で食料品ではない。その余は認める。
同(2)はいずれも認める。
同(3)の事実中昭和四九年分くさやの売上原価が被告主張の金額であることは認めるが、その余は否認する。
(三)の(1)及び(2)はいずれも争う。
5 同5は争う。
五 原告の反論
被告のした本件推計は、次のとおり合理性がない。
1 本件推計は、前記のとおり仕入先及び仕入金額の認定を誤つているので、推計の基礎事実に誤りが存し、合理性を欠く。
2 くさや製造販売のように代々伝承されて来た独特の秘法を基とし、製法に各人工夫をこらしてその味覚を競つている業種においては、業歴、業態、設備、販路、従業員の数と質等により差益率、一般経費率に大きな差異が生ずるのは当然である。また原告の事業所が所在する大島と八丈島や新島では消費地との交通、地理的関係、他から仕入れるか、地元で漁獲するか、またその割合、魚の種類、製法、卸主体か小売主体かなどあらゆる面で大きな相違があり、それが差益に関係する。ところが被告は同業者を特定しないため、原告と同業者との間の右の諸点の異同が明らかでないから、この様な標本による推計には合理性がない。
3 食料品・雑貨についても、取り扱う商品、卸と小売の区別、その量と割合、店の立地条件、顧客の層等により、差益率、一般経費率に差異が生ずるが、被告は同業者を特定せず、原告との類似性を捕捉することはできないから、この様な標本による推計には合理性がない。
4 原告には比準同業者との類似性を否認する事情として次のような特殊事情が存する。すなわち<1>原告は、住所地に店舗を有し同所で食料品、雑貨、生魚食料品を販売し、同時に冷凍物の中間卸売を行い、店舗の奥の作業場でくさやの製造加工をし、卸売販売をしている。<2>原告の営業は、店舗において妻と息子の二人が営業を行い、くさやの製造加工は原告一人で行うという零細な家内営業である。<3>原告くさやの製造販売を始めたのは昭和四三年ころであり、大島のくさや業者の中では最も遅く始めたものである。大島のくさや業者は皆経験が深く何代も続いているものが多いだけでなく、ほとんどくさや販売のための店舗を持つて店売しており、原告のように卸売だけのところはない。<4>原告店舗の立地条件も大島の中心から最も遠く離れており悪い。<5>大島以外の業者と比較すると、八丈島では九月から一一月ころまでくさやでは一番高級品とされている青室が取れ、これを安く入手して加工することができる。新島の業者は組合で材料を一括して仕入れているので比較的安く入手することができるが、大島の業者は残りを冷凍船で運搬してもらうため割高になつている。<6>大島ではその近海にくさや材料がいつもあるという状態ではなく、材料がなくなるときがあり、その際原告は、沼津から運賃をかけて取り寄せなければならない。
六 原告の反論に対する認否
原告の反論1は否認する。同2及び3は争う。同4<1>の事実中原告が住所地に店舗を有し、食料品・雑貨及び生鮮食料品の販売を行つていること並びに店舗とは別棟の作業場でくさやの製造加工を行い、販売していることは認め、その余は不知。同<2>は否認する。同<3>の事実中原告がその主張する年月ころに営業を開始した点は認め、大島でくさやの卸売をしている業者が原告のみである点は否認する。その余は不知。同<4>ないし<6>はいずれも不知。
第三証拠
当事者双方の証拠の提出、認否、援用は本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第一青色承認取消処分取消しの訴え
一 請求原因1(一)の事実及び同(二)の別表一4の事実(本件青色承認取消処分の経過)は当事者間に争いがない。
二 本件調査の適法性について
1 原告は、本件調査に際しされた質問検査権の行使は、調査の理由と必要性がないのにされた違法があると主張するので判断する。
法二三四条項に定める「調査について必要があるとき」とは、調査権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、調査の客観的な必要性があると判断される場合をいい、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から存しない場合でも、申告の適否すなわち申告の真実性、正確性を確認する必要性が存する場合も含むものと解すべきである。
これを本件についてみるに、成立に争いのない乙第一〇ないし第一二号証、証人山室清及び同平津甲二の各証言によれば、原告の提出した昭和四八年分の所得税青色申告決算書には原告が昭和四八年七月三八〇万円の事業用冷蔵庫と三五〇万円の建物を取得した旨の記載が存したが、右購入資金の源泉が明らかでなかつたこと、原告の申告した所得金額は同業者に比し所得率が低いと認められたこと、被告は長期間原告の税務調査を行つていなかつたこと、以上のような理由から、被告の尾川統括官が所部係官に原告の調査を命じた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば本件調査当時、被告において申告の適否について確認する必要があり、本件調査の必要性の存したことは明らかであるから、原告の前記主張は理由がない。
2 原告は、質問検査権の行使にあたつては手段の社会的相当性が要請されるところ、原告に対する本件調査には右の相当性を著しく欠く違法がある旨主張する。
(一) そこで本件青色承認取消しに至る本件調査の経緯をみるに、昭和五一年六月二四日午後零時三〇分ころ、被告所部係官二名が原告の店舗に臨場したこと、翌二五日午後零時二〇分ころ被告所部係官二名が原告の店舗に臨場したこと、同年九月七日午前一一時二〇分ころ被告所部係官二名が原告の店舗に臨場したこと、翌八日午前一一時ころ被告所部係官らが原告宅に臨場したこと、昭和五二年二月二三日午後一時三〇分ころ被告所部係官三名が原告方に臨場したこと、翌二四日午後二時三〇分ころ、被告所部係官三名が原告宅に臨場したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と証人山室清、同平津甲二、同金城広章(後記措信しない部分を除く。)の各証言及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
すなわち
<1> 川津係官は本件調査のため、昭和五一年六月二四日午後零時三〇分ころ、山室係官を伴い、東京都大島町所在の原告の店舗に臨場したところ、原告は店舗の裏の作業場において魚の水洗い作業を行つていた。そこで右係官らは原告に対し、身分証明書を提示するとともに、身分、氏名を名乗り、所得税の調査に来た旨を告げ、調査への協力及び帳簿書類の提示を要請した。その際右係官らは本件調査が本件係争各年分に関する確定申告書の金額の確認のための調査である旨を伝えた。これに対し原告は、「確定申告は三月一五日に済んでいるんだ。納税も済んでいるんだ。なぜ調査に来たんだ。民商事務局員の立会いがなければ調査に応じない。帳簿は民商事務局に預けてある。忙しいから今は駄目だ。明日にしてくれ。明日の零時半ころなら仕事が終わるからその時にしてくれ。」等と申し立て、本件調査に応じようとしなかつた。そこで右係官らは原告に対し、翌日午後零時三〇分ころ再度臨場する旨を伝えるとともに、帳簿書類を取りそろえておくよう依頼した。
<2> 翌二五日朝原告から電話で「都合が悪るくなつたので、午後四時三〇分ころにしてほしい。」との申出があつたが、川津係官は「午後四時三〇分からでは時間が遅くなるから困る。予定どおり調査したいから、帳簿だけでも取り寄せておいてほしい。」旨依頼したところ、原告はこれに答えず、調査理由の開示及び民商役員の立会いを要求し、都合の悪い理由を言わなかつた。そこで川津係官は、予定どおり調査に行くこと、帳簿書類を民商事務局から取り寄せておくことを繰り返し要請したところ、原告も最後にはこれを了承した。右係官らは同日午後零時二〇分ころ原告の店舗に臨場したところ、原告は不在で、原告の長男金川哲生が在宅していた。右係官らは同人に対し、所得税の調査に対する協力方及び帳簿書類の提示を要請したところ、同人は「父は配達に行つていて、四時ころでないと帰らない。帳面とか事業関係は父がやつているのでわからない。」と供述し、右係官らの質問に対し、取扱商品等指示業の概況、魚と肉の仕入先の一部、くさやの販売先が大島の民宿であることを答えたに止まり、帳簿書類を提示しなかつた。そこで右係官らはこれ以上調査が進展しないと判断し、同人に対し、これから取引先の反面調査をするからその旨原告に伝えてほしいと申し向けて原告宅を辞去した。
<3> 鈴木係官は、昭和五一年九月七日午前一一時二〇分ころあらかじめ原告に電話連絡したうえ、平津係官を同行して原告方店舗に臨場したところ、店先において原告のほかに大島民商金城事務局長が待機していた。右係官らは税理士の資格のない第三者である金城事務局長の立会いを断り、立ち退かせるよう依頼したが、原告はこれに応じなかつた。また右係官らは原告に対し、帳簿書類の提示を求めたところ、原告は「帳簿を見せないという訳ではないけれど、どこが間違つているのか言つてくれ。申告は正しいんだから帳簿は見なくてもいいだろう。」などと言い、帳簿書類の提示に応じようとはしなかつた。そこで鈴木係官は「これでは調査ができないので今日はこれで。」と言い、右係官らは原告方を辞去した。
<4> 翌八日午前一一時ころ右係官らが原告宅を訪れると、原告は裏の作業場でくさやの製造作業に従事していた。右係官らは原告に対し、帳簿書類の提示及び調査への協力方を重ねて依頼したが、原告は「帳簿は民商の事務局に全部預けてある。この加工場は全部借金で建てたのでそんなにもうかつてはいない。」等と応答し、右係官らの仕入先に関する質問に対し、三兼の仕入先を答え、「これだけ教えたらいいだろう。」と言つたきり黙り込んでしまつた。そこで右係官らはやむを得ず原告方を辞去した。
<5> 昭和五二年二月二三日午後一時三〇分ころ山室、鈴木、平津の各係官が原告方に臨場し、原告に対し調査への協力方及び帳簿書類の提示を要請したうえ、仕入先等につき質問したところ、原告は作業場で仕事をしながら「取引先の調査を大分進めているようだが、もう終わつたんじやないのか。今は忙しい。今の仕事が明日の四時ころ終わるから、その後旅館の方へ連絡する。帳簿は民商の事務局にある。」等と答えたため、右係官らは、明日までに必ず民商の事務局から帳簿書類を取り寄せるよう依頼して原告方を辞去した。
<6> 翌二四日午後二時三〇分ころ右係官らは原告方を訪れたところ、原告から居宅の居間に通された。居間には原告のほか金城事務局長が待機していたため、右係官らは原告に対し、第三者の立会いは取引上の秘密が守れないので立ち退かせるよう依頼した。しかし原告は「私は魚屋で法律のことはしらない。金城君にいてもらつてなぜ悪い。」と申し向け、金城事務局長を立ち退かせようとしなかつた。その間金城事務局長がテープレコーダーをセットして録音を始めたので、鈴木係官が録音を制止したが、金城事務局長は「私は民商の役員だ。会員の中に調査を受けて追加申告をして悔やんでいるという事実があるので、そういうことのないよう記録しておくんだ。」と言つて録音を止めようとはしなかつた。また原告は、「私のような魚屋は、あんたたち専門家三人ではかなわない。」と申し立てたため、鈴木係官が「三人で困るならば、二人を帰らせるから、あなたの方も立会人を帰らせなさい。」と提案すると、原告は、金城事務局長と相談した後「やはり金城君にいてもらわなければ困る。」と言つて右係官の申出を拒絶し、帳簿書類の提示も行わなかった。そこで右係官らは原告の調査を打ち切り原告方を辞去した。以上<1>ないし<6>の各面談に要した時間は五分ないし二〇分であつた。
以上の各事実が認められ、右認定に反する証人金城広章の証言及び原告本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に照らし採用し難く、他右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) ところで原告は、本件調査に際し事前の通知が尽されていないから、本件調査は社会的相当性を欠き違法である旨主張する。
なるほど右認定事実によれば、被告所部係官は、本件第一回目及び第五回目の調査臨場に際しては事前連絡を行わなかつたことがうかがわれる。しかしながら、そもそも法は、調査に関して事前通知をすべきことを義務づけてはおらず、これをするか否かは課税庁の合理的裁量にゆだねていると解されるから、たとえ本件調査が事前通知を欠いてなされたからといつて違法となるものではない。したがつて原告の前記主張は採用し難い。
また原告は、被告所部係官の本件質問検査権の行使は、調査の理由、必要性の具体的告知がないから違法であると主張する。
しかしながら法二三四条一項は質問検査権の行使に際し、調査の具体的理由、必要性を事前に告知すべきことを要件とはしておらず、他にこの点を義務づける規定は存しないから、原告の右主張は理由がない。のみならず右認定事実によれば、被告所部係官は原告に対し、第一回目の調査臨場に際し本件調査が本件係争各年分に係る確定申告書の真偽を確認するためのものであることを告知しているのであるから、およそ調査の理由ないし必要性を開示しなかつたというものではない。
次に原告は、本件質問検査は短時間であつたうえ、被告所部係官が要領を得ない質問を行つたため調査が進展しなかつた旨主張する。
しかしながら右認定事実によれば、原告は前後六回にわたる本件調査に際し、被告所部係官の再三にわたる調査への協力及び帳簿書類の提示要請にもかかわらず、仕入先の質問に関し多少応答しただけで、具体的理由の開示、民商事務局長の立会い、録音の許可を要しうるという独自の見解に基づきそれ以外の質問検査に応じようとはせず、帳簿書類の提示を拒んでいたのであり、そのために調査が進展しなかつたというべきであるから、原告の右主張は理由がない。
更に原告は、被告所部係官の調査に応待していたのでは、その業務の性質上重大な損失を招いたと主張する。
しかし、本件調査の必要性が存したことは前記のとおりであるうえ、被告所部係官は右認定のとおり原告の多忙である旨の申出に対し、調査を直ちに打ち切ることなく何度も出直しているのであつて、帳簿書類を提示すること自体では原告の作業を妨害する程の時間を要するとは思われないことを合わせ考えると、原告が本件調査に応じることによつて何程かの損失を被るとしてもそれは法が質問検査権を認めたことによつて生ずる納税者の受忍義務の範囲内にとどまるものと判断されるのであつて、原告の右主張もまた理由がない。
また、原告は、本件調査に際し被告所部係官が第三者の立会いに異を唱えたり、録音を許可しなかつたのは不当である旨主張するが、法二四三条によれば被告所部係官は税務調査に関して守秘義務を負うのであるから、右係官が税理士でない者の立会いを拒み、録音を許可しなかつたことは相当というべく原告の右主張も失当である。
結局、被告所部係官が行つた本件の前後六回にわたる本件調査には、違法は存しないものというべきであるから、調査手段に違法があるとする原告の主張は、採用することができない。
三 青色申告承認取消事由について
1 前認定の事実によれば、原告は、本件調査時における被告所部係官の再三にわたる帳簿書類の提示要請にもかかわらずこれを提示しなかつたことが明らかいである。したがつて、被告は、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従つて正しく行われていることを確認することができなかつたというべきである。そして成立に争いのない乙第一三号証によれば、被告は、原告の右所為をとらえ、法一四八条一項の規定に違反し、法一五〇条一項一号に規定する青色申告承認の取消事由に該当するものと判断し、本件青色承認取消処分を行つた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 原告は、被告所部係官の本件調査は違法であるから原告に帳簿の提示義務違反はない旨主張するが、本件調査に違法が存しなかつたことは前記認定のとおりであつて原告の右主張は採用し難い。
3 そこで原告の本件帳簿書類の不提示が法一五〇条一項一号に定める青色申告承認の取消事由に該当するか否かを検討する。
法は「帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従つて行われていないこと」を青色申告承認申請の却下事由とするとともに青色申告承認の取消事由としているが(法一四五条一号、一五〇条一項一号)、これは当該納税者の帳簿書類について税務署長が法二三四条の規定に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告承認による特典を与えるとの趣旨に出たものと解すべきである。したがつて、青色申告者が右帳簿書類の調査に応じないためその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないときは、法一五〇条一項一号所定の青色申告承認の取消事由に該当するものと解するのが相当である。けだし青色申告制度は、申告納税制度を適正、円滑に機能させるために、法に定めるところに従い一定の帳簿書類を備え付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づき税額等を計算し申告しようとする者に限つて青色申告書を用いて申告することを認め、この青色申告者に対しては、所得の計算につき特別の軽減を与え、あるいは更正手続の上でも特に有利な取扱いをすることにより、これを優遇する制度であるから、申告の基礎となつた納税者の帳簿書類の正しさに対する税務官庁側の信頼が存在することを前提として成り立つものである。したがつて納税者の調査拒否により当該帳簿書類の備付け等が正しく行われていることを確認することができない場合にまで税務署長において青色申告承認による特典の享受を認めることは法の予想するところではなく、右のような場合は帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていない場合に当たるといわざるを得ないからである。
原告は、右のような解釈は租税法律主義に反する旨主張するが、右に説示したとおり、調査拒否の結果、帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていることを処分時において確認し得ないことをもつて備付け、記録又は保存を欠くと評価するものであつて、調査拒否自体を別個の取消事由とするものではないから、法一五〇条一項一号に規定していない取消事由を類推解釈により創設するものではない。よつて、原告の右主張も理由がない。
4 本件において原告の帳簿書類の提示拒否が正当なものといえないことは前記認定判断のとおりであり、右提示拒否により被告としては、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が大蔵省令の定めるところに従つて正しく行われていることを確認することができなかつたのであるから、原告の右所為は法一五〇条一項一号の取消事由に該当するものといわざるを得ない。
四 処分通知書の理由付記について
原告は、本件青色承認取消処分に係る処分通知書に記載された理由は、法一五〇条二項において要求される理由としては不十分である旨主張する。
そこで検討すると、前掲乙第一三号証にによれば、被告は、原告に対し、「原告宅への臨場年月日」、「臨場した被告所部係官の氏名」、「右係官が同所において事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、提示がなかつたこと」、「このことは青色申告に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一四八条に従つて行われていないことになり、法一五〇条一項一号に該当すること」以上の事実が記載された処分通知書をもつて本件青色承認取消処分をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、右処分通知書には、本件青色承認取消処分の基因となつた事実が法一五〇条一項一号所定の備付け、記録又は保存のない場合に該当することが明記してあるうえ、取消しの基因となつた事実についても、処分の相手方である原告において具体的に知り得る程度に特定しているというべきである。また青色承認取消処分については、処分通知書に取消しの基因となつた事実と当該事実が法一五〇条一項各号のいずれに該当するかを付記すれば足り、それ以上に右事実が大蔵省令の定める義務のどの条項に違反するかまで記載することは要求されていないのであるから、原告の前記主張は理由がなく、本件理由付記に不備はない。
第二本件各更正及び本件各決定取消しの訴え
一 請求原因1(二)別表一1ないし3の事実(本件各更正及び本件各決定の経緯)は当事者間に争いがない。
二 本件課税根拠について
1 原告は、青色申告者であるから、本件青色承認取消処分が違法である以上、本件推計による各更正は違法である旨主張するが、右主張が理由のないことは既に説示のとおりであるから、採用できない。
2 更に原告は、被告において適法に調査を尽したならば実額による課税が可能であつたから、本件各更正は推計の必要性を欠く違法がある旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり原告が、被告所部係官の再三にわたる調査協力及び帳簿書類の提出要請に対し、仕入先の一部しか明らかにせず、帳簿書類を提示しない等本件調査に終始非協力的な態度をとつたことに照らすと、被告において原告の本件係争各年分の所得金額を実額により算出することは不可能であつたというべきであるから、被告が推計によつて所得金額を算出し本件各更正をしたことに違法はない。
3 そこで以下原告の本件係争各年分の算出所得金額につき検討する。昭和四八年分の特別経費中の利子割引料、建物減価償却費(別表二1の<5>内訳中利子割引料及び建物減価償却費分)、昭和四九年分くさやの売上原価の額別表二2の内訳くさや分)、同年分特別経費(同表<5>)、同年分専従者控除額(同表<6>)、昭和五〇年分特別経費(別表三3の<5>)、同年分専従者控除額(同表<6>)は当事者間に争いがない。
(一) そこでまず被告が本件所得推計の基礎とした原告の昭和四八年分及び同五〇年分くさやの売上原価並びに本件係争各年分食料品・雑貨の売上原価の額(右食料品・雑貨の売上原価の額については、原告は自白を撤回し、被告はこれに異議を述べているので、右自白の撤回が許されるか否か)について検討する。
(昭和四八年分くさやの売上原価)
(1) 昭和四八年分くさや材料の仕入先及び仕入金額中別表三の<1>、<3>及び<4>並びに同年分くさやの期首商品たな卸金額及び同期末商品たな卸金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(2) 有限会社三兼商店分(別表三の<2>)
成立に争いのない乙第三号証及び証人乙訓市郎の証言によれば、本件審査請求の際原告の調査を担当した東京国税不服審判所審査官乙訓市郎は、原告の三兼商店からの昭和四八年分の仕入金額を同商店の書類一部焼失により把握できなかつたため、原告から提出された書類に基づいて算出することとし、右取引金額を原告が店舗を設けて食料品・雑貨の営業を開始した昭和四八年八月で分け、それ以前の分をすべてくさや材料と判断し、同年九月ないし一二月分については三兼商店の反面調査によつて把握された昭和四九年分と同五〇年分の合計額に占めるくさや材料の割合を算出し、その比率によつて按分した金額を前記八月分までの分と合算して昭和四八年分くさや材料及び食料品・雑貨の各仕入金額を算出したこと、右算出に係るくさや材料の仕入れ金額は四五八万四九一九円であつたこと、以上の事業が認められ右認定に反する証拠はない。
ところで原告は、同商店分につき原告ほか四名の共同仕入分であると主張し、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証には右主張に沿う部分が存する。
しかしながら、同号証の内容は鈴木ほか三名が原告からくさやの材料となる青室等を仕入値でわけてもらつていたというものにすぎず、具体的な取引時期、金額、数量が全く記載されていないこと、原告本人は仕入額のうち半分位を自分で取り残部を同業者に渡していたと供述するが、その供述は漠然としており、また原告は昭和四九年分くさや材料の仕入金額を争つておらず、同五〇年分について被告主張額の約八八パーセントを認めていること、原告主張の仕入金額を証明する証拠は存在しないことなどに照らすと、前掲各証拠はにわかに措信し難く、原告の右主張も採用し難いものといわざるを得ない。前記乙訓審査官が原告の三兼商店からのくさや材料の仕入金額を把握するため採用した方法は相当というべきであるから、これにより把握された四五八万四九一九円は右仕入金額というべきである。
(3) 前記(1)の当事者間に争いのない仕入金額と右有限会社三兼商店を合算すると五三五万一八一五円となり、右金額に前記争いのない期首商品たな卸金額を加え同様に争いのない同期末商品たな卸金額を差し引くと昭和四八年分くさやの売上原価は五三二万一八六五円となる。
(昭和四八年分食料品・雑貨の売上原価)
(1) 昭和四八年分食料品・雑貨の仕入先及び仕入金額中別表四の<1>、<3>ないし<8>、<10>、<11>及び<13>ないし<15>並びに同年分食料品・雑貨の期首商品たな卸金額及び同期末商品たな卸金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(2) 有限会社三兼商店分(別表四の<2>)
前掲乙第三号証及び証人乙訓市郎の証言によれば、乙訓市郎は、前記方法によつて昭和四八年九月ないし一二月までの食料品・雑貨の仕入金額を三九七万五四九〇円と算出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右の算出方法は相当であるから原告が昭和四八年分中に右三兼商店から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は右三九七万五四九〇円であるというべきである。
(3) 伊藤武美分(別表四の<9>)
官署作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四八年分中に伊藤武美から青果物を仕入れ、右仕入金額は六万〇三九五円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和四八年分中に伊藤武美から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は六万〇三九五円となる。
(4) 大富食品株式会社分(別表四の<12>)
前掲乙第三号証、証人乙訓市郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四八年分中に大富食品株式会社から冷凍えび等を仕入れ、右仕入金額につき国税不服審判所で原告から提出された取引資料を検討したところ三九九万五三九〇円と算定されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和四八年分中に大富食品株式会社から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は三九九万五三九〇円となる。
(5) 前記(1)の当事者間に争いのない仕入金額と右認定に係る有限会社三兼商店分、伊藤武美及び大富食品株式会社分を合算すると一五三七万六五七五円となり、右金額に前記争いのない期首商品たな卸金額を加え、同様に争いのない同期末商品たな卸金額を差し引くと昭和四八年分食料品・雑貨の売上原価は一五二九万〇四八五円となる。
(昭和四九年分食料品・雑貨の売上原価)
(1) 昭和四九年分食料品・雑貨の仕入先及び仕入金額中別表六の<1>ないし<9>、<11>ないし<13>、<15>ないし<22>、<25>及び<26>並びに昭和四九年分食料品・雑貨の期首商品たな卸金額及び同期末商品たな卸金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(2) 差木地漁業協同組合分(別表六の<10>)
前掲乙第三号証及び証人乙訓市郎の証言によれば原告は昭和四九年分中に右協同組合から魚類を仕入れていたこと、右魚類はくさやの原料ではないこと、右仕入金額につき国税不服審判所で原告から提出された取引資料を検討したところ四万三五〇〇円と算定されたことが認められる。原告は、本人尋問において右取引は名義貸しである旨供述するが、その者の住所・氏名・取引年月日・取引内容について具体的な供述をなさず、これを裏付ける証拠もないので採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和四九年分中に右協同組合から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は四万三五〇〇円となる。
(3) 伊藤武美分(別表六の<14>)
前掲乙第四、第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四九年分中に伊藤武美から青果物を仕入れ、右仕入金額は五九万七八九五円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和四九年分中に同人から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は五九万七八九五円となる。
(4) 高圧水産活魚部分(別表六の六の<23>)
弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、官署作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証の二、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四九年分中に高圧水産活魚部からさざえ等の食料品を仕入れたこと、右仕入金額は少なくとも一九万五三〇〇円を下らなかつたことが認められる。原告は本人尋問において右取引は名義貸しである旨供述するが、これを裏付ける証拠はないので採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和四九年分中に高圧水産活魚部から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は一九万五三〇〇円となる。
(5) 奥山伝商店分(別表六の<24>)
官署作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四九年九月右商店からくさやの干物製品を仕入れたこと、右金額は一三万四七五〇円であつたことが認められる。原告は本人尋問において、右取引を名義貸しである旨供述するが具体性に欠け、これを裏付ける証拠もないので採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和四九年分中に右商店から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は一三万四七五〇円となる。
(6) 前記(1)の当事者間に争いのない仕入金額と右認定の差木地漁業協同組合分、伊藤武美分、高圧水産活魚部分及び奥山伝商店分を合算すると三〇五五万八五四四円となり、右金額に前記争いのない期首商品たな卸金額を加え、同様に争いのない同期末商品たな卸金額を差し引くと昭和四九年分食料品・雑貨の売上原価は二九六〇万三四四四円となる。
(昭和五〇年分くさやの売上原価)
(1) 昭和五〇年分くさや材料の仕入先及び仕入金額中別表七の<1>、<3>、<4>及び<6>並びに昭和五〇年分くさやの期首商品たな卸金額及び同期末商品たな卸金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(2) 有限会社三兼商店分(別表七の<2>)
前掲乙第三号証、証人乙訓市郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証及び同証人の証言によれば、原告は昭和五〇年分中に右商店からくさや材料及び鮮魚等を仕入れ、その合計額は一〇二一万三〇八四円であつたが、国税不服審判所で原告から提出された取引資料に基づきくさや原料とそれ以外とを区分したところ前者の金額は二一七万五三八〇円、後者の金額は八〇三万七七〇四円と算定されたことが認められる。原告本人尋問の結果中同商店分を原告ほか四名の共同仕入とする部分及び前掲甲第一号証が採用し難いことは前示のとおりであり、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和五〇年分中に有限会社三兼商店から仕入れたくさや材料の仕入金額は二一七万五三八〇円となる。
(3) 鈴木幸一分(別表七の<5>)
前掲乙第三号証及び証人乙訓市郎の証言によれば、原告は昭和五〇年分中に鈴木幸一から、とび、室鯵、青室等くさやの材料を仕入れたこと、国税不服審判所で原告から提出された取引資料に基づき仕入金額を算定したところ、右金額は一九万八〇五〇円であつたことが認められる。原告は本人尋問において右取引につき鈴木の計算で行われたもので原告の取引ではない旨供述するが、具体性に欠け、これを裏付ける証拠もないので採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和五〇年分中に鈴木から仕入れたくさや材料の仕入金額は一九万八〇五〇円となる。
(4) 前記(1)の当事者間に争いのない仕入金額と右認定の有限会社三兼商店分、鈴木幸一分を合算すると六一二万一四三七円となり、右金額に前記争いのない期首商品たな卸金額を加え、同様に争いのない同期末商品たな卸金額を差し引くと昭和五〇年分くさやの売上原価は五九九万四七九三円となる。
(昭和五〇年分食料品・雑貨の売上原価)
(1) 昭和五〇年分食料品・雑貨の仕入先及び仕入金額中別表八の<1>、<3>、ないし<9>、<11>ないし<14>及び<16>並びに同年分食料品・雑貨の期首商品たな卸金額及び同期末商品たな卸金額が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(2) 有限会社三兼商店分(別表八の<2>)
前認定のとおり、原告は、昭和五〇年分中に同商店から鮮魚等を仕入れ、その金額は八〇三万七七〇四円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和五〇年分中に右商店から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は八〇三万七七〇四円となる。
(3) 差木地漁業協同組合分(別表八の<10>)
前掲乙第三号証及び証人乙訓市郎の証言によれば、原告は、昭和四九年分の場合と同様に五〇年分中にも右協同組合から魚類を仕入れており、右仕入金額は五一万三八〇〇円であつたことが認められる。原告は、本人尋問において右取引が名義貸しである旨供述するが、これを採用し難いことは前記のとおりであり、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和五〇年分中に右協同組合から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は五一万三八〇〇円となる。
(4) 伝吉丸商店分(別表八の<15>)
前掲乙第三号証、証人乙訓市郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五〇年分中に右商店から清涼飲料、ジュースを仕入れており、国税不服審判所で原告から提出された取引資料に基づきその仕入金額を算定したところ九万四九九五円であつたことが認められる。原告本人尋問の結果中、右商店との取引はくさや製造に使用する塩の取引を含むとする部分はにわかに措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和五〇年分中に右商店から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は九万四九九五円となる。
(5) 柏木商店分(別表七の<17>)
前掲乙第三号証、証人乙訓市郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五〇年分中に右商店からさざえ等の貝類を仕入れており、国税不服審判所で原告から提出された取引資料に基づきその仕入金額を算定したところ二九万九〇二〇円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると原告が昭和五〇年分中に柏木商店から仕入れた食料品・雑貨の仕入金額は二九万九〇二〇円となる。
(6) 前記(1)の当事者間に争いのない仕入金額と右に認定の有限会社三兼商店分、差木地漁業協同組合分、伝吉丸商店及び柏木商店分を合算すると三〇六五万二一二九円となり、右金額に前記争いのない期首商品たな卸金額を加え、同様に争いのない同期末商品たな卸金額を差し引くと、昭和五〇年分食料品・雑貨の売上原価は三〇一九万六七七三円となる。そうすると、本件係争各年分の食料品・雑貨の売上原価に関する原告の自白の撤回は、右自白が事実に反するものでなかつたことが明らかとなつた以上許されない。
(二) 次に被告は右売上原価に同業者の差益率を乗じて売上金額を推計するので被告のした右推計の合理性につき検討する。
証人東海林次郎の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし四、成立に争いのない乙第九号証によれれば、次の事実が認められる。すなわち
東京国税局長は、昭和五五年七月二四日付で原告の店舗が本件係争各年分当時のその管轄区域内に所在した被告に対し、本件係争各年分につき(イ)個人の総合食料品の小売業者のうち、<1>東京都大島町において総合食料品(ただし米穀、酒類を除く。)の小売を業とする者(日用雑貨の小売を兼業する者に限る。)、<2>所得税の申告を青色申告によつている者、<3>売上原価の額が、昭和四八年分は七六四万五二四二円以上三〇五八万〇九七〇円以下、昭和四九年分は一四八〇万一七二二円以上五九二〇万六八八八円以下、昭和五〇年分は一五〇九万八三八六円以上六〇三九万三五四六円以下である者、<4>年間を通じて事業を継続している者(災害等により経営状態が異常なものを除く。)(ロ)個人のくさや製造販売業者のうち、<1>専らくさやの製造販売を業としている者、<2>所得税の申告を青色申告によつている者、<3>売上原価の額が、昭和四八年分は二六六万〇九三二円以上一〇六四万三七三〇円以下、昭和四九年分は二七〇万七一九七円以上一〇八二万八七九〇円以下、昭和五〇年分は二九九万七三九六円以上一一九八万九五八六円以下である者、<4>年間を通じて事業を継続している者(災害等により経営状態が異常なものを除く。)、以上の各要件をすべて充足する者全員(ただし更正又は決定処分をしたもので、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの及び当該処分に対し不服申立てがされ又は訴えが提起されて現在審理中のものを除く。)を調査対象として抽出し、売上金額、売上原価、差益金額、一般経費、差益率、一般経費率を調査のうえ、これを個人事業経営者の所得調査事績報告書に記入し、報告するよう通達した。これを受け被告の担当職員は前記要件を充足する総合食料品の小売業者及びくさや製造販売業者全員を抽出したところ、その調査結果は総合食料品の小売業者については別表一〇1ないし3、くさや製造販売業者については全員伊豆諸島で専らこれを営業する者であつて別表九1ないし3の記載のとおりであつた。
以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば本件係争各年分の差益率及び一般経費率の各平均値は被告主張のとおり別表九1ないし3、同一〇1ないし3の各該当欄記載のとおりとなる。
ところで原告が住所地に店舗を有し、食料品・雑貨及び生鮮食料品の販売を行っていること及び店舗裏の作業場でくさやの製造加工を行い販売していることは当事者間に争いがないところ、前記認定事実と対比すれば被告の管内で抽出された総合食料品の小売を行う同業者は、原告と同様東京都大島町において食料品・雑貨の小売業を暦年を通じて営む個人事業であり、かつ、原告の売上原価の額の二分の一から二倍までの範囲内にある者であるから、業種、事業場所、個人であるという営業形態、売上原価の額の点において原告と類似性を有する同業者というべきである。また前記抽出に係るくさや製造販売を行う同業者も、被告管内の伊豆諸島において専らくさや製造販売業を暦年を通じて営む個人事業者であり、かつ原告の売上原価の額の二分の一から二倍までの範囲内にある者であるから、業種、事業場所、個人であるという営業形態、売上原価の額の点において原告と類似する同業者というべきである。しかも抽出された同業者はいずれも帳簿書類の完備している青色申告者で、その申告は税務署長によつて是認されているものであることに照らすと資料の正確性も担保されているというべきである。そして前記認定のとおり被告は食料品・雑貨の小売業者、くさやの製造販売業者のそれぞれにつき前記各要件を充足する者全員を機械的に抽出しているから、抽出過程に恣意が介在するおそれもなく、更に比準同業者の数(食料品・雑貨について昭和四八年分五名、昭和四九年分六名、昭和五〇年分七名、くさやについては昭和四八年分一〇名、昭和四九年分一一名、昭和五〇年分一一名)も一応資料の客観性を担保するに足りるもののであるから、抽出同業者の差益率及び一般経費率の各平均値は、個々の業者の個別的具体的事情を捨象した客観性と普遍性を有するものといえる。
これに対し原告は、有限会社三兼商店及び鈴木幸一からくさやの仕入金額、差木地漁業協同組合、高圧水産活魚部、奥山伝商店、柏木商店からの食料品・雑貨の仕入金額全額をもつて原告の仕入れとしたことは推計の基礎事実に誤りがあると主張するが、これを採用できないことは前記認定のとおりである。
また原告は、くさや製造販売業につき業歴、業態、設備、販路、従業員の数と質、立地条件(大島か八丈島か新島か)によつて差益率、一般経費率に大きな差異が生ずるが、被告は同業者を特定しないため右諸点が不明であり、原告との類似性が明らかでないから右推計は合理性を欠く旨主張する。
しかしながら前記のとおり比準同業者は事業場所、個人であるという営業の形態、売上原価の額の点において原告と類似性を有するものが抽出されているのであるから、立地条件、業態の類似性は一応配慮されているというべきである。また原告の主張する業歴、設備、販路、従業員の数と質、営業場所が大島か否か等のすべてにわたり原告と類似性を有する同業者を求めることは極めて困難であつて、たとえ求め得てもごく限られた数となり、これを基礎とする推計はかえつて普遍性を欠くこととなることは明らかである。したがつて抽出された同業者の右諸点が明らかでなくても右同業者と原告との類似性は阻害されるものではないから、原告の右主張は採用できない。
次に原告は、食料品・雑貨につき取り扱う商品、卸と小売の区別、その量と割合、店舗の立地条件、顧客の層等により差益率、一般経費率に差異が生ずるが、被告は同業者を特定せず、原告との類似性を捕捉することができないから、右推計は合理性を欠く旨主張する。
しかしながら、前記のとおり比準同業者は米穀・酒類を除く総合食料品の小売を業とする者でしかも原告と同様日用雑貨の小売を兼業する者が抽出されているのであるから、取り扱う商品・卸と小売の区別等業態の類似性は十分配慮されているというべきである。また原告の主張する店舗の立地条件、顧客の層等のすべてにわたり原告と類似性を有する同業者を求めることは困難であつて、たとえ求め得たとしてもごく限られた数となり、これを基礎とする推計はかえって普遍性を欠くこととなることは明らかである。したがつて抽出された同業者の右諸点が明らかでなくても右同業者と原告との類似性は阻害されるものではないから、原告の右主張は採用できない。
更に原告は、原告には被告抽出に係る同業者の平均差益率等の適用を排除すべき営業上の特殊事情(従業員がおらず零細な家内営業であること、経験年数が短いこと、立地条件が劣ること等)が存する旨主張するので検討する。
原告が昭和四三年ころくさやの製造販売を開業したことは当事者間に争いがない。そして原告本人尋問の結果によれば、東京都大島町において一五軒ほど存在するくさやの製造販売業者のうち原告が最も遅く開業したものであること、右業者のうち卸を主体としているものは約五件であり、その余は販売店舗を持ち小売を主体としていること、くさやの製造は伊豆諸島のうち主として八丈島、新島、大島で行つているところ、高級くさやの材料とされる青室は八丈島近海産であるため、原告ら大島の業者は、遠距離輸送のための運賃がかさむ等八丈島、新島の業者に比し多少不利な立地条件にあること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで同業者の平均差益率及び一般経費率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視し得るのであるから、課税庁においてかかる推計による所得の認定を行い、かつその方法が業種の同一性、営業規模の一応の類似性、平均値算出過程の整合性等推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これをしんしやくすることを要しないものと解すべきである。しかして、原告主張に係る特殊事情が差益率、一般経費率にいかなる影響を及ぼすかについては、具体的に明らかにされていないのみならず、原告はくさや製造販売の経験年数が比較的浅いとはいえ、本件係争初年分において、もはや開業後五年を経過していること、大島町においてくさやの卸を主体としている業者は原告のみではないこと、青室はくさや材料の一部であるうえ、仕入条件の不利益性は大島の業者全体に通じる問題であること、前掲乙第一〇ないし第一二号証により認めうる原告方においては原告の家族のみでなく複数の使用人が営業に従事していることなどの事情にかんがみると、右認定の諸要素は業者間に通常存在する程度の営業条件の差異というべきである。そして本件において原告が劣悪であるとして指摘するその余の営業条件(従業員の有無、店舗の立地条件)が、被告の主張する同業者の平均差益率等による推計方法を不合理ならしめる程顕著なものであることについては、これを認めるに足りる証拠がない。したがつて原告の右主張は失当というほかない。
(三) 昭和四八年分特別経費及び専従者控除額について
原告の長男哲生分を除いた支払給料が四八万円であることは当事者間に争いがない。原告は右哲生に対する給料全額も必要経費に算入すべきであると主張する。
しかしながら原告は青色申告者ではないから、哲生の支払給料全額を法五七条一項により必要経費に算入することはできないものといわざるを得ない。そして前掲乙第三号証、第一〇ないし第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、哲生は原告の妻美代とともに法五七条三項に規定する事業専従者に該当すると認められるから、同人らの給料は同項の規定により事業専従者控除の対象とすべきであり、その金額は三八万五〇〇〇円となる(所得税法の一部を改正する法律(昭和四八年四月七日法律第八号)附則第二条)。そうすると、昭和四八年分の特別経費、専従者控除額は被告主張の別表二1該当欄記載のとおりとなる。
(四) 所得金額の算定について
以上認定したとおり被告の推計の方法は合理的であるから、本件係争各年分につき、前記のとおり認定したくさやの各売上原価及び当事者間に争いのない食料品・雑貨の各売上原価に同業者の平均差益率を適用してそれぞれ売上金額を計算し、さらに右各売上金額に同業者の平均一般経費率を乗じてそれぞれ一般経費を計算すると、被告主張のとおり別表二1ないし3の各<1>、<4>記載の金額となる。次いで売上金額から売上原価、一般経費、特別経費及び専従者控除額をそれぞれそ控除すると、本件係争各年分の原告の所得金額は被告主張のとおり別表二1ないし3の各<7>記載のとおりとなることが明らかである。
三 そうすると、本件各更正はいずれも所得金額の範囲内でされたものであるから、所得を過大に認定した違法はないというべきであり、本件各更正を前提としてされた本件各決定にも何ら原告主張の違法はない(原告は、被告が原告の異議申立て後に無申告加算税を賦課決定している点をとらえて違法と主張するが、右係争手続中に被告が右処分を行うことを禁ずる規定は存しないのであるから、右主張は理由がない。)。
第三結論
以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 中込秀樹 裁判官 小磯武男)